テーマ:中国

中国、景気減速阻止へ大規模な経済政策を表明

中国の温首相は、記者会見で、金融危機の長期化に備え、約57兆円の景気刺激策に加え、「新たな景気対策をいつでも打てる準備をした。」と強調しました。また世界一となった外貨準備の運用に関しては、「国家の利益を守ることが、第一だが、国際金融の全体的な安定も考慮する」と指摘し、最大の米国債保有国として当面は米国債の購入を継続する姿勢をしめしま…
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マカオの歴史

マカオは、古代の頃から海洋貿易によって栄え、1513年にポルトガルのジョルジェ・アルバレスによって開拓された南シナ海航路で、ポルトガルとの貿易が活発になりました。1550年代頃からポルトガル人の手によってマカオが整備され、中国、日本、インドそしてヨーロッパ貿易の主要な港として発展しました。この頃の日本は戦国時代から、江戸時代初期にあ…
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マカオのロケーション

マカオ特別行政区は、広東省の中に位置し、大陸と陸続きの半島部と、コロアン島および埋め立て地域のコタイで構成しています。日本からの定期便としてマカオへ直行する便がなく、マカオへ行く場合は、香港経由で行くパターンが多いようです。香港、マカオ間は、様々なフェリーが運行されており、高速船で移動した場合約1時間程度でマカオに着くことが出来ます。香…
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マカオシリーズ―ポルトガルと中国が融合した街マカオ

マカオは、その正式名称は、中華人民共和国マカオ特別行政区と言いまして、マカオが司法・立法・行政の自治権を持つ1国2制度が取られている街です。1513年にポルトガル人が、マカオに定住して以来、ポルトガル文化が根付き、中国とポルトガル、東洋と西洋が融合したした魅力的な街です。長田ドームでは、マカオをシリーズで取り上げたいと思います。2005…
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「奥桂林」龍勝

桂林シリーズの最後は、龍勝です。龍勝は、桂林から北東の方角にある街でして、このあたりは、ミャオ族、ヤオ、トン、チワンなぞの龍勝各族自治県となっています。桂林は、さすがに漢民族が大多数ですが、龍勝まで行くと、車の車窓越しでも、様々な民族の暮らしぶりが見られます。龍勝の街の南約30キロのところの丘陵地帯には頂上から広がる見事な棚田があり、田…
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テーマパーク「世界桃源」

漓江下りを終えて、陽朔から桂林に戻る道の途中に、「世界桃源」というテーマパークがあります。桂林のある広西チワン自治区は、多くの少数民族が住んでいまして、ここ「世界桃源」は、この地域に住む諸民族の建物や、衣裳などの文化を展示したテーマパークです。珍しい建物や、民族の踊りなど我々の目をひくものがたくさんあります。特にミャオ族の幾重にも連なる…
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小漓江、遇龍河

小漓江と呼ばれる遇龍河は、陽朔から南へ5キロほどいった所で漓江と合流します。そこから上流へ行くと、遇龍河の石灰岩の魅せる芸術の世界が展開します。樹齢1400年のガジュマル大榕樹が、我々を圧倒し、さらに上流へ行くと山の中央がぽっかり開いた月亮山が、あります。眺めが、とても素晴らしい遇龍河ですが、遇龍河沿いのひっそりとした農村もいいですね。…
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漓江下り終点の街、陽朔

漓江下りの終点、陽朔の街は、人口がおよそ3万人ですが、漓江下りの終点という事もありまして、観光客で賑わいを見せています。石灰岩で出来た芸術的な岩を背景に、美しい街並みが続きます。石畳みの道、洋風造りのカフェやホテル、中国風の建築物など、様々な文化が融合した異文化空間がそこにはあります。おしゃれなカフェや、ワンタンやビーフンを出している屋…
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漓江下り、興坪~陽朔

興坪から漓江下りの終点である陽朔までは、約25キロあります。川幅は広がり、周辺の山も川岸から後退します。岸辺には、民家や、人の姿また、うまそうに草を食べる牛も目撃できます。漓江下りをする船は、料理が出来る厨房がある船など様々ですが、漓江で獲れた海老や、魚の揚げ物などを買い求めて、酒のつまみにして、酒を飲みながら、漓江下りを楽しむのも良さ…
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漓江下り、興坪村

楊堤から漓江下りをして、約1時間の所に興坪の村があります。もし時間が許すようであれば、ここで下船して散策したい所です。村の人口は、1万人にも満たない村ですが、3世紀に呉の国の役所が置かれた歴史のある村です。村の中心は、食料品や、観光客相手の土産を扱った露店が出ており、賑やかです。また再開発されていないので、古い民家がたくさんあります。木…
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漓江下り、楊堤~興坪

それでは、漓江下りの銀座通り、楊堤~興坪を下りましょう。楊堤は、「楊堤風光」とよばれるほどの風景が展開します。芸術的な岩々が我々を迎え入れてくれます。岩々のスケールのでかい楊堤風光を過ぎた後は、浪石煙雨。ここも、漓江を代表する風景が展開します。別名「富士リンゴ」とも呼ばれる所です。富士山のような一つの山がそびえ立つ奥に丸い山があり、よく…
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漓江下り、絶景の銀座通り

スケールのでかい冠岩の鍾乳洞の見学を終え、再び船下りを始めると、楊堤に着きます。楊堤は、漓江の水量が少ない時の乗船場所ですが、この楊堤から興堤までは、銀座通りと言って良いほど絶景が続きます。厳しくも、どこか優しさを秘めた感じのする岩肌は、見る人それぞれに、心象に残るものになると思います。両岸には樹木の生い茂る断崖が続き、水鳥も多く棲む生…
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漓江下り、冠岩洞窟

冠岩にある鍾乳洞は、素晴らしいので是非、船から降りて頂いて散策して頂きたいです。もちろん観光用に順路は、整備されていますので心配ありません。ただ水量の関係で通行出来ない区間が発生しますのであしからず御了承をお願いします。冠岩は、桂林でも最大の鍾乳洞でして、全長12キロメートル、中には、水量の多い川が流れていまして、とても壮大な光景が広が…
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漓江下り、竹江~冠岩

漓江下りの出発点竹江を出ますと、蝙蝠山が前方に広がります。コウモリが翼を広げているように見える事から名付けられました。コウモリと聞くと日本では不吉な感じがしますが、中国では吉祥に通じる動物として、扱われています。そんなコウモリの翼を広げた祝福の後、漓江の遠くに岩が霞む風景を眺めながら進んでいると亡夫石があります。山の上に小さく見えるだけ…
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漓江下りの乗船地、竹江

いよいよ山水画の世界、漓江下りをしましょう。漓江は、猫児山の麓から始まり、中国三大河川の一つ珠江に合流するまでの全長437キロある川です。中国山水を楽しむ漓江下りは、竹江から、陽朔までの約83キロの区間です。ただし漓江の水量が少ない時は、楊堤から興坪または、九馬画山までの短縮コースになります。漓江下りを楽しみにしている方は、事前に確認さ…
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桂林、大瀑布飯店

桂林の街の中心部は、東西に延びる解放路と南北に延びる中山路が交差するあたりです。そのあたりの広場に「大瀑布飯店」というホテルがあります。ここのホテルでは、毎週土日の午後8時30分から15分間、横に長いホテルの側壁全体に人工の滝が流れます。一斉に水が流れ落ちる様子は、物凄い迫力を感じます。桂林は、自然が魅せる迫力は、たくさんあるのですが、…
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桂林、象鼻山

桂林市街地の南、漓江と桃花江の合流点に象鼻山があります。ちょうど象が水を飲むために鼻を垂らしたように見えるために名付けられました。入場料を、払うと、岩の近くの川の岸辺に入る事が出来ます。岸辺には、岩のまわりまで近づくいかだが行き来していたり、観光船が航行していたりして観光の街、桂林ののんびりした空間が広がります。桂林は、中国各地や、日本…
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桂林市内の憩いの場所、七星公園

七星公園は、桂林市内で最大の公園です。園内に7つの峰があり、配置が北斗七星に似ている事からこの名前がつきました。米国のクリントン大統領が桂林を訪れた際に、七星公園を訪れ、七つの峰の一つであるラクダ岩で演説した事でも有名です。あの時の演説は、新しい米中関係が始まったような感じがした演説として、私の記憶の中にあります。そんな歴史を秘めた七星…
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桂林市内の鍾乳洞、廬笛岩

桂林周辺の地形は、石灰岩で出来ているため、数多くの鍾乳洞があり、桂林市内にも鍾乳洞があります。中でも桂林の街の西北にある廬笛岩は、素晴らしい鍾乳洞です。鍾乳洞の中は、自然が作り上げた芸術品です。動物や、様々な姿を連想させられる岩があり、カラフルなライトアップでシルエットの素晴らしい風景が、展開します。鍾乳洞の中の一方通行の道を通ると一番…
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桂林、靖江王府

桂林のランドマーク独秀峰の麓は、靖江王府です。明の時代に派遣された王が居城とした場所であります。現在は、城壁で囲まれた旧市街地となっています。また広西師範大学のキャンパスにもなっていまして、若い学生達の姿も見られます。城内の風景は、空き地で太極拳をしてたり、屋台が出ていたり、人力車や輪タクも見受けられ、中国らしい空間が展開します。残念に…
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桂林のランドマーク独秀峰

桂林は昔、海の底にありまして、そこにはサンゴ礁が広がっていました。サンゴ礁が、隆起して現在の地形になっていまので、桂林は、石灰岩に覆われています。桂林が魅せる自然の造形美は、この石灰岩がおりなす。と言っても過言ではありません。桂林の街全体を眺めたいなら、漓江の西岸にある伏波山に登られる事をおすすめします。約330段の階段をのぼると、桂林…
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天然の庭園、桂林

桂林の地名は、「桂花」と呼ばれる金木犀が昔から多かったために金木犀の林「桂林」と呼ばれるようになったという説があります。また別名「榕城」ともよばれております。榕とは、ガジュマルの木でして、この地にガジュマルの木が多かった事に由来します。植物が地名に由来する程桂林は、緑豊かな街です。近年の中国の経済発展で桂林の街も例外なく近代化され、都市…
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中国、桂林シリーズ

「桂林の山水は、天下に甲たり」と天下一品の風光を称えられる中国、桂林。山水画、漢詩の舞台として日本をはじめ、多くの人々の心の原風景として存在するこの地は、紀元前3世紀の秦の時代に郡となり、秦の始皇帝の命令で運河が引かれると交通の拠点となり、栄えました。また桂林は、中国の南部に位置し、主要民族である漢民族の他に、様々な少数民族も暮らしてお…
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中華探訪ー上海、外灘

上海を流れる黄浦江沿いに、まるでヨーロッパを思わせるような建物が立ち並び、異国情緒をかもしだしているの地区が外灘でして、アヘン戦争に負けた清朝が、ここを、イギリスに貸したことから開発が進みました。黄浦江沿いにあるため、川沿いに歩きながら建物を見学していると、対岸には、上海の新しいシンボル東方明珠テレビ塔や、高層ビルなどが見え、新旧あいま…
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中華探訪ー経済都市、上海

上海は、19世紀中頃、アヘン戦争後の南京条約により開港しまして、もと漁村だった上海は、欧米列強や、日本が進出し、東洋一の国際都市となりました。歴史の長い中国にしては、上海の歴史は浅いですが、中国共産党が成立したり、蒋介石がクーデターを起こしたりなどの近現代の歴史の舞台となりました。現在は、中国一の経済都市として発展中でして、高層ビルが立…
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中華探訪ー北京の繁華街王府井

王府井は、故宮の東側に南北に走る北京一の目抜き通りです。北京銀座と言われる約700メートルのメインストリートでは、日用品や、服飾品店そして百貨店が立ち並んでいます。王府井のランドマーク的存在なのが、北京で最初にオープンしたデパート、北京百貨大楼です。北京最初にオープンしたデパートだけあって、現代的な斬新なデパートではありませんが、とても…
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中華探訪ー北京、明の十三陵

明の十三陵は、明代13人の皇帝とその皇后が眠る墓です。参道には皇帝の死後も権力を守り続ける象徴としての象、馬、駱駝、功臣官、文臣官、武将など重厚な石像が並んでいます。一般公開しているものは、定陵、昭陵、そして最大規模を誇る3代皇帝の永楽帝の陵墓である長陵です。棺を安置している建物は、宮殿になっており、死後もなお権勢を維持しているかのよう…
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中華探訪ー八達嶺長城

宇宙からも見える万里の長城は、あまりにも有名ですが、八達嶺長城は、比較的現存のまま残っており、万里の長城の中でも観光地として有名です。紀元前5世紀、周の時代に、北方の騎馬民族の侵入を防ぐために築いた城壁が、始まりです。その後秦の始皇帝が30万の軍兵と数百万人の農民を動員して完成させました。万里の長城は、6千7百キロメートルもの長さがあり…
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中華探訪ー北京、頤和園

北京にある頤和園は、歴代皇帝の庭園でしたが、清朝末期、英仏連合軍によって破壊されました。西太后は、自らの隠居所を造るため海軍費から莫大な費用をさいて再建しました。清国の後退の一因は、ここにあったといわれていますが、実にすばらしい庭園です。西太后に、頤和園を再建してくれてありがとうと言いたいです。頤和園は、昆明湖という湖を借景にして排雲殿…
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中華探訪ー北京、故宮

北京にある故宮は、かつての紫禁城でして、明の永楽帝が15年の歳月を費やして1420年に完成させました。以後、清の末代皇帝傅儀まで500年、24人の皇帝が暮らしました。面積約72万平方メートルの城内にある60の殿閣には、9千999の部屋が、あるといわれ、約100万点にもおよぶ財宝が展示されています。故宮は、かつて世界的にも栄華を誇った明・…
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